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1k≒innocence

散文だったり、アニメ分析だったり。日常が切り取られていく姿は夏のよう。

それでも彼は「俺たちの新海」でいてくれた―『君の名は。』鑑賞後のセカイで。

「俺たちの」構文が嫌いだ。

対象物に勝手に不特定多数が群がり、程度の差はあれ、自分の外側にある人/モノに拠り所のようなものを求めている姿は、あまり見られたものではないと思う。

 

バンド界隈なんかだとこれが顕著だ。

インディーズでそこそこ人気が出てメジャーデビュー。本来ならば喜ばしいサクセスストーリーを「彼らは変わってしまった」「もう俺たちの知っている○○じゃない」と、誰が言い出すでもなく、勝手に落胆する層が少なからず存在する。

 

それと同じ現象が『君の名は。』の公開にあたり、新海誠への感情として、自分の中に湧き上がってしまう不安をぼんやり抱えていた。

本当に傲慢な感情だと思うけど、やはりメジャーデビュー現象というものは人を不安にさせるものらしい。

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僕が初めて『秒速5センチメートル』を視聴してから8年。

過去作品やインタビュー本をあさり、ポストモダン論に手を出しセカイ系という概念で学部の卒論を書いてから5年。

それからも新作映像が公開される度にこうして記事を上げてきた。

 

 

他にもたくさんのアニメやらマンガやらを見てきたけど、ここまで作家追いをしている人間は他にいない。

 

サントリーとタイアップ?  JRの広告?  音楽は全編RADWIMPS?

 

あれ、新海誠ってインターネットとか論壇であーだーこーだーワヤワヤ語りたがるような人間が騒ぐような作品作ってきたんじゃなかったっけ?

そりゃ大成建設とかZ会のCMとかもあったけど、こんな急に「陽の目」に出てきたら、どーなるの!?

 

言葉は違えど、長らく彼の作品を追ってきた人間ほど似たような感情を抱えたことと思います。これは完全に冒頭のメジャーデビュー現象に罹患していると言える。

 

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それでも僕は、作品公開決定の時点でアップデートされた監督本人の言葉を信じたかった。

 

新作『君の名は。』が今夏公開予定です。 本作について監督本人がこう語っています。

追記。

最後に、この個人サイトを見てくださるような、昔からの(ディープな)ファンの方々へ。君の名は。』には、僕の過去作のモチーフもたっぷりと盛りこまれています。

もちろん新しい要素も多くありますが、過去作を熱心に観てくださっていた方ほど、連続性や語り直し、アップデートに気づいていただけるはずです。 子供から大人まで多くの観客に楽しんでいただける映画を目指していますが、この映画を最も楽しむことができるのは、やはり皆さんです。

今作でもぜひ、映画館に足を運んでいただけると嬉しいです。

Other voices-遠い声- » 劇場長編アニメーション『君の名は。

2年近くかかって新海誠『小説 言の葉の庭』を読んで分かった、今までとこれからのこと - 1k≒innocence

 (太字は本稿で加工)

 

結果どうだったか。

監督はこの言葉を、『君の名は。』でしっかりと達成してくれました。

この点についてはさよたまさんの記事が詳しいです。

 

今まで自分は何を見ていたんだ。そうだ、これは集大成なんだ。

主人公・瀧と、ヒロイン・三葉がスマホ(携帯)でやりとりするのは『ほしのこえ』だ。

眠りで異なる時空に繋がり、そして大切なものを忘れてしまうのは『雲の向こう、約束の場所』だし、電車に乗りヒロインを探す、桜の描写、雪の降る歩道橋は『秒速5センチメートル』だ。

あの世とこの世を繋ぐ場所というのは『星を追う子ども』で、万葉集が出てくるのは『言の葉の庭』である。雪野先生も出てくるしね。

新海信者が『君の名は。』を見て新海誠に敗北した話 - せまひろかん

 

 『ほしのこえ』について追記するのであれば、本当にわずかだが「文字化け」が描写されるシーンがある。

ほしのこえ』に於いて文字化けしたメッセージというものがどんな意味を持つか、視聴済みの人間はそれだけで勝手に様々なイメージを想起できる。

さらに言うならばヱヴァシリーズ、細田版時かけなど自作品以外からの引用も多数見られた。

 

こうして新海誠は、しっかりとオタクのための視聴スタンスを本作でも貫いてくれた。

「わかる人にはわかる」ように、さりげなくモチーフをちりばめ、監督本人と「これってアレでしょ」といったコミュニケーションを擬似的にとらせてくれるような、そんなポイントを、本当にたくさん用意してくれた。

過去に例を見ないほど大規模な公開を予定した作品で、監督はそれをやってのけた。

本人のメッセージどおり、新海誠は「俺たちの新海」でいてくれたのだ。

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さらにはエンディングでは『秒速結末』問題の解決を図り、これまで希薄だったキャラクターの身体性の強い描写をRADWIMPSの世界観と共有することでシナジーを発揮し、さらには先発作品のベーステーマであった「距離/distance」から、さらに踏み込んだ「つながり/connection」という新しいテーマ性が提示された。

 

こうして『君の名は。』は既存作品の「精算」にとどまらずに新しい道すじを示してくれました。

本作、そして新海監督本人の懐の広さに甘えて、もうしばらく「俺たちの新海」と、笑っていたいと思います。

 

本編中、繰り返された「たそがれ(誰そ彼)」「片割れ時」という言葉で思い出した楽曲がありましたので、それを引用して終わりにしたいと思います。

 


オーダーメイドRADWIMPS MV

 

左は僕ので 右は君の

左は君ので 右は僕の

一人じゃどこか欠けてるように

一人でなど生きてかないように

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「ほんとにありがとうございました

色々とお手数おかけしました

最後に一つだけいいですか?

 

どっかでお会いしたことありますか?」

オーダーメイド/RADWIMPS