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1k≒innocence

散文だったり、アニメ分析だったり。日常が切り取られていく姿は夏のよう。

「崖の上のポニョ」見たら言いしれぬざわ・・ざわ・・感がぬぐえない

アニメ

「ゆうべは おたのしみでしたね」と言われるくらい昨日はポニョフィーバーでしたね。
僕もご多分に漏れず見てました。というかポニョ初視聴。
いやー作画すげえwwwwwwwとか最初言ってたらどんどんものすごい展開になっていって驚きました。

ハム速の方に詳しい考察が既に上がってて、またそれがリバイバル的に読まれているようです。
崖の上のポニョが神すぎる件
http://urasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-487.html

ざっと読んだ感じ、僕もおおむねスレ主の意見には同意です。
これも合わせて、自分なりの思いをまとめておこうというのが今回のネタです。
とりあえずリサかわいい。


一応ジブリ海がきこえる以外全部見てます。その前提で読んで頂ければ。

■作品の視点
作品を振り返る上でまずこれを定めておきたいと思います。
説明も必要ないと思いますが、物語の視点は宗介が中心であり、展開も「宗介が見聞きしているもの」を中心に進みます。
見直すとよりわかると思いますが、一度ポニョを奪われて宗介が海に探しに行くシーンは、リサの視点からすれば海にどんどん進んでいく息子にしか見えないし、宗介には魚に見えてもリサには大波にしか見えない。
一部の物語進行を支える部分を覗き、作品は一貫して宗介を描きます。よって主人公は宗介であり、宗介≒監督の視点と捉えてよいでしょう。
フジモトの「このままでは世界が崩壊する!」という視点こそが本来の大人の視点であるはずですが、それを放棄し、一貫して宗介の物語を描きっていると感じました。
ここから今回の記事を始めたいと思います。


■宗介(≒監督)から見たキャラの存在

リサ…母親。しかし名前で呼ぶ。母子の関係は擬似的であり、リサと宗介の関係は対等。
耕一…父親。しかし名前で呼ぶ。これもリサと同質。

この時点で宗介は子供としての立場をほぼ放棄しています。またリサと耕一のモールス信号での痴話げんかは恋人的で、親としての立場を弱めています。
またリサの耕一へのアドバイスの多くは、普通の五歳児に語るには難解なものが多いのも特徴でした。
宗介-リサ-耕一は親子としての機能をほとんど有していないのです。
また耕一は一度も陸に上がらないことで物語とは隔離した存在になり、リサ-宗介の関係がより強化されます。

フジモト…ポニョの父親。大人としての視点を持っている。
グランマンマーレ…ポニョの母親。神としての存在。

この親子関係も全うな意見を持つ父親の権威が一切スルーされ、耕一同様にフジモトの立場はグランマに比べとても弱いものです。
ナウシカのクロトワ、ラピュタのおばさんの夫やドーラの手下、トトロの日下部お父さん、耳をすませばのお父さん…振り返るとちょっと頼りない男の大人がよく出るもので、対称的に強い女が描かれるのも自明です。

宗介(≒監督)にとって大人の男とはそういう存在で、ある意味では自分自身の描写なのかもしれません。
対して女性の存在の誇示もまた自身の思想描写なのもしれません。


トキ・ヨシエ・カヨ…老人ホームの方々。トキだけちょっと優しくない異質な存在。
トキ=監督の母親がモチーフとされていますが、それはともかくとしてもトキは異質な存在です。トキだけ舟の折り紙もらってたし。
特にフジモトに迫られた宗介を助け出す存在という点について後述します。


■ハム速に出てた「境界」の話
上記のハム速のリンク>>41の通り、ポニョにはさまざまな境界が現れます。
その中でも一番ストーリー上で大きい境界は「リサがいなくなり、留守番しているうちに大洪水になった朝」でしょう。
街が冠水し古代魚がよみがえり、ポニョの大きくした舟で家を出るシーンです。

リサの健闘によって宗介を家に戻し、無線アンテナで耕一と通信を試みるなど、昨晩の時点まで宗介はリサ=人間の恩恵で守られています。
そして留守番させるのも、そうした外部の驚異から宗介を守るにはうってつけです。
事実ポニョの結界の効果とはいえ、家はフジモトの侵入を防ぎます。

しかしグランマによって家の電気が消されることにより、宗介はリサの庇護から外れ、危機に晒されると同時に現実世界から外れてしまう。
そして次の日には冠水した街=異界に宗介は入り込みます。
僕には水面から伸びる無線アンテナや水中に係留されたまま無機質なボートや電柱、車いすが、旧劇版エヴァのラストシーンにしか見えませんでした。
「異質な世界と化したいつもの世界」、この怖さは個人的にはとても魅力的で、大好きな設定です。ナウシカの世界観とかもそんな感じ。

とにかくこの時点から物語は異界です。古めかしい衣装の母子がゆったりと舟に乗っていたり、無駄に大漁旗を掲げて避難していくこれまでのキャラなど、ゆめにっき的なトリップ感を感じました。
彼らを死者と呼ぶのもアリでしょうし、思念的なものと捉えてもいいでしょう。とにかく彼らを先ほどまでの世界と同じ人間と考えるのは無理がある。
特に冒頭の舟の母子は大正時代の人、という設定らしいです。(上記のリンク内より)

そして弱ったポニョを連れながら宗介はリサカーの所までたどり着きます。
ただの感想だけど、ここで眠そうに宗介に語りかけるポニョが本当に怖かった。

この後、「止まれ」「一時停止」とでかでかと書かれたトンネルに入ります。
しかし宗介は子供(というか非大人)なので標識の影響を受けません。そもそもトンネルにあんな標識ないでしょう。

途中弱りきったポニョを抱え、舟も捨てて宗介はトンネルを走りきります。
そこに待ち受けてるのがフジモト。


思い返して欲しいのですが、フジモトの言うことはとても全うなのです。
ポニョがいなければ世界が崩壊してしまう。だからポニョを返して欲しい。水魚を出す時もいいわけ的に「違うのにー…」と声を上げています。

そしてたまたま気づいたのですが、フジモトと宗介のやりとりのシーンで、一瞬だけ宗介の後ろに水の波紋が出る瞬間があり、次のカットでトキが出てきます。一瞬視点を宗介の後ろに移し、宗介-フジモトの関係の中に唐突に現れるトキの不自然さを解消している気がしました。

そしてフジモトを振り切り、トキになんとか受け止められるものの、そのまま飲み込まれ宗介とポニョは水中老人ホームにたどり着きます。

先述した通り、フジモトの言うことは全うです。ただしそれは「大人の視点」としてです。
おそらく子どもから見たら「ポニョを連れ戻しに来た不気味な人」ととられるし、事実宗介にはそう写っています。
フジモト(=大人)は宗介(≒監督)には不気味なものなのです。延長して見ればフジモトが崩壊を防ごうとする「世界」は宗介には見えていません。
そして宗介はフジモトから逃げだし、トキに助けられるものの、結局水魚に飲み込まれます。

ハム速のスレ主のトキ=母親説にこのフジモト=世界説を取り込むことで、僕はこのシーンがかなり壮絶なものなのではないかと読み取ります。

トキと宗介とポニョの行き着く先はグランマの元であり、リサの元です。
水魚=世界に飲み込まれながらもトキの庇護によってたどり着いた場所で、宗介は最後の判断を下します。
それがポニョとの共存。

ポニョに相当する異質者は、これまでのジブリ作品ではいなくなることが基本でした。
トトロも消えるし、ハクもいなくなる。ラピュタはお空へ消える。主人公は成長した自分だけを元の世界に帰します。
ハム速のスレ主も指摘しているよう、ジブリ作品は「最後は元の世界に戻る」というのが基本でした。

しかしそれがついに崩壊したのがポニョです。
普通の女の子とはいえ、異質者が元の世界に残る作品はこれまでありませんでした。
宗介≒監督は異質者との共存を選んだのです。おお、こわいこわい。


■私見本論

ある意味では監督がこの世を見限った作品であると俺は思っています。
そしてエヴァヲタの俺は旧劇エヴァとの比較に走るわけです。


シンジと宗介を比較して、共通する問いかけは「『世界』を選びますか、自分のために『キミ』を選びますか」です。
セカイ系のテンプレ的台詞ですね。「雲のむこう、約束の場所」なんかではまんまこのセリフが出てきます。


シンジはLCLの世界で自分の望んだ世界を提示され、疑問を感じたことからそれを放棄し、アスカ=社会、相対するものと現世に残ることを選びました。
「いろいろあるけど、世の中とは離れられないもの。諦めてこそ、そこから始まる」というものだと僕は解釈しています。
先の問いかけにシンジは「世界」を選び、敢えて茨の道を選びました。
見かけによらず、旧劇エヴァはとてもポジティブは作品だと思っています。


一方宗介は水中老人ホームでポニョと生きることを快諾します。
先の問いかけにあっさりと「キミ」を選び、世界を簡単に捨て去りました。
グランマの働きかけで世界の崩壊は免れますが、宗介の選択は完全に世界を無視しています。

宗介≒監督は世界を捨てたのです。これまでの何十年かの作品で世界に戻っていたのに。
私のざわ・・ざわ・・感はこの一点に集約されるでしょうか。


ポニョ以降、監督はどんな作品を作るのでしょうか。
世界を見限った人はどこに向かうのでしょうか。


wikipediaに載っていた三ツ矢サイダーとポニョのコラボキャッチコピーを載せておきます。

「半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある。 -宮崎駿-」

ああ、ああ。
この先、監督の世界は半径3メートルで完結してしまうのでしょうか。



ダブルラリアット/アゴアニキ


※ポニョがセカイ系であるかどうかは別問題ですが、そのモチーフが大いに取り込まれていることは自明でしょう。
この点については別の議論になるのでなんとも言えませんが、個人的にはセカイ系っぽいもの、という程度の認識です。


※個人的に残った疑問
・水中老人ホームでリサとグランマは何を話してたの?
・リサが山の向こうに見たモールスはなんて言ってるの?

特にモールスの内容が知りたいです。


※ハム速の記事に対して追記
>>109で監督の母親像に話が出てるが、久美子-リサ-トキの三人が母親のモチーフでいいんじゃなかろうか。
また「3」という数字。そういえば人類補完計画でゲンドウが死んだシーンで出てくる綾波の人数も三人だったね。私は3人目。